季節は冬に近づき、寒いと感じる日も多くなってきましたね。
弊社の周りの木々もすっかり赤に色づき、見える景色は赤や黄ばかりになってきました。
外に出るのも億劫・・・なんて方もいるのでは?
そんなときは家の中で音楽鑑賞。バイオリンの音色を聴く♪というのもいいのでは?
・・・・・・芸術の秋には少し遅かったでしょうか?(笑)
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すっかり定番となってきた寄り道旅シリーズ。
今回の商談では、「Labeled」と名前をつけた楽器を紹介して参りました。
これは、オリジナルではないけれどレプリカというわけでもなく、お値段もオリジナルよりお求めやすい価格で提供している楽器です。
音色もオリジナルと変わらないクオリティを保っています。
調整も弊社で行っており、お客様が満足できる楽器を提供できるよう1つ1つ丁寧に行っております。
ROCCA Labeled
Mathias Neuner Labeled
関西の方へ出向き、その帰り道に寄ったサービスエリアについてです。
道中の山々も赤が目立ってきていましたね。
今回寄ったのは
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南条サービスエリア
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尼御前サービスエリア
の2つです。
どちらも規模の大きいところですので、サービスが充実しています。
また、この2つのサービスエリアには歴史好きの私をわくわくさせるとあるものがあるのです。
それは・・・
「松尾芭蕉の句碑」
この「弦の細道」の由来にもなっているあの「奥の細道」の松尾芭蕉です。
また、ご存じの方もいるのではないでしょうか。
尼御前岬の悲しい伝説
今回はこの2つをご紹介します。
南条サービスエリア
1つ目の南条SA。
芭蕉の句碑がこちら
「あすの月 雨占なはん ひなが嶽」
これは、福井から今庄へ向かう途中、ひなが嶽(日野山)に薄雲がかかっているのを見て、明日の十五夜に雨がふるのではないかと気遣って詠んだ句と言われています。
そして句の中に出てくる日野山がこちら
この写真の中でもどんよりとして、今にも雨が降り出しそうですね・・・十五夜前日ではないのですが(笑)
尼御前サービスエリア
続いては尼御前SA
ここにも芭蕉の句碑があります。
「むざんやな 兜の下の きりぎりす」
これは斎藤別当実盛の遺品の兜、いま秋、コオロギが一匹、兜の下で鳴いている。このコオロギは実盛の霊かもしれない。おいたわしいことである。
という鎮魂の感情を表していると言われています。
また、尼御前SAにはこのような像があります。
この像の尼がこのSAの由来と言われる「尼御前」です。
彼女は源義経の従女として、義経一行の奥州行きに同行していました。
その道中の難所・チェックが厳しいと言われている「安宅関」越えの際、「女の私では足手まといになる」と身を案じて岬から身を投じたという伝説が残っています。
そのような伝説が残っている岬は、いつしか人々に「尼御前岬」と呼ばれるようになりました。
また岬へとつながる歩行者出入口があり、徒歩で行くことができます。
(今回は時間の関係上行けませんでした)
今回の寄り道旅はこれぞ本当の寄り道という感じでした。
日が落ちるのもすっかり早くなり、明るいうちに慌てて写真を撮っていました。
歴史の跡が残っている場所は、行くとその当時の雰囲気を醸し出しているように感じます。
今回の尼御前も然り。なんだか松の木々が悲しい雰囲気を漂わせているように感じられました。
また、松尾芭蕉の句碑は北陸自動車道の他のSAにもあるそうです。
句碑めぐり、というのもいいかもしれないですね。
::バイオリン小噺::
松尾芭蕉が生きた1600年代。
それは我々バイオリンを販売する人間には欠かすことのできない「ストラディバリ」が生きた時代でもあります。
ストラディバリウスという名前を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか?ストラディバリウスこそストラディバリが生前制作した楽器の名称です。
生きているうちに1200もの楽器を制作し、現在は600ほどが残っていると言われています。一説では1300では?とも言われており、もしそうだとすると、月に20台もの楽器を製作した計算になります。
また、ストラディバリウスは世界最高峰の弦楽器と言われ、オークションでは数億もの値段がつきます。最高額は2011年6月に落札された1721年製の「レディ・ブラント」の1589万4000ドル(約12億7420万円)です。
日本の演奏家にもストラディバリウスを愛用している方がいらっしゃいます。
現在ストラディバリウスは寸法などをコピーして後世の製作者が模倣した「ストラド・モデル」と呼ばれるものがあります。
弊社でも「strad copy」として何点か取り扱っていますので、下記のリンクより商品の一覧を見ることができます。
strad copyの商品一覧を見る