ストラディブログ
楽器コラム
March 3, 2015

イミテーション レッド_2

前回の続きを書かせていただく。

オールドの良い楽器を持っている演奏家に起こる問題について・・・。

 

それは、メンテナンスの問題だ。

オールド楽器の多くは2世紀から3世紀にわたる使用で微妙なコンデションにある。

普段はいいのだが、長期演奏旅行に出かけたときが厄介だ。

移動の際の振動等に加え、訪問先の気象条件が楽器に良くない影響を与えてしまい、安定した音を出せなくなってしまう危険があるからだ。

もちろん、熟練した一流演奏家であれば自分の楽器のコンデションを瞬時に把握し、

適切な微調整を行ったり、その時のコンデションに合わせて奏法を調整することは何の問題もない話ではある。

そういうことはごくありふれた日常光景でもある。

だが、オールド楽器の場合、元々の状態が微妙なバランスの上にたっていたりして、演奏旅行先でのコンデション維持で不安がつきまとうのだ。

しかし、プロである以上、期待される水準の演奏をしなければならない。

楽器の調子が悪くて良い演奏ができませんでしたというのは言い訳にならないのだ。



こういう事情により、ヨーロッパでは有名ラベル楽器のイミテーション需要が生まれた。

ここで言うイミテーションとは、何とかモデルや何とかコピーと呼ばれるものとは全く異なる。

後者は、例えばストラディバリウスの<一般的>特徴を忠実に模倣したもの。

それに対して、イミテーションとはストラディバリウスの中の特定の<個体>そのものを寸分違わず再現したものなのだ。

もちろんモデルやコピーと呼ばれるものは<個体>をお手本にしているケースが多いはずだが、<個体>を寸分違わず再現するものではない。

あくまでも特徴を模倣するものである。

イミテーションは<個体>のニスの仕上具合や細かい傷、さらには経年変化までそっくりそのまま作ってある。

場合によっては楽器商でも本物と見分けがつかないほどだ。

こう書くと絵画や骨董の世界での真贋論争めいたイメージを抱く人もいるかも知れない。

だが、ここで言うイミテーションは堂々とイミテーションを名乗っており、演奏家も楽器商もイミテーションであることに価値を見出していることが決定的に違う。

(もちろん、楽器の世界でも真贋問題はある。実際に国内でも怪しい楽器を見かけることは少なくないが、この問題とは次元が異なる)

イミテーションはできるだけ古い材料を使っているがあくまでも現代の新作であり、当然のことながら状態は完璧である。

プロ演奏家が使用するケースが多いため、音質についてもオリジナルに迫るよう作られている。

ヨーロッパにはイミテーション専門のメーカや職人がいて、モラッシやビッソロッティなどオリジナルブランドを製作しているマエストロ達とは異なる世界を形成している。

通常の製作技術だけでなく、イミテーション技術も必要となるためだ。

プロ演奏家と耳の肥えた聴衆の要求に応えるため、双方の技術において超一流のものが求められる。

卓越した技術によるイミテーションは、外見が本物と見分けがつかないほどであるだけでなく音質においても本物に近い。

その上、状態が完璧であるためメンテナンスも楽である。

基本的に新作であるため調整を引き受けてくれる専門家も探しやすい。

価格はそれなりにするが本物に比べれば格段に安い。

受注生産に近いのですぐには入手できないが、待ちさえすればほぼ確実に手にすることができる。

これがヨーロッパでプロ演奏家を中心に需要が拡大しつつある理由だ。

実際に演奏されて初めて真の価値を発揮するという楽器ならではの事情の副産物だとも言える。


日本でも今後イミテーションを使用する演奏家が出てくるだろう。

プロでなくても興味を持つ人が増えるかも知れない。

憧れでしかなかった有名ラベル楽器、それもモデルではなく忠実に再現された<個体>・・・憧れの超一流演奏家が使用していたり、海外の博物館で所蔵されていたり・・・を手にすることができるからだ。

イミテーションであることに価値がある、楽器にはこういう世界もあるのだ。



なお、題名は映画「レッド・バイオリン」の連想でつけてみた。

さまざまなドラマがあるかも知れないイミテーション楽器の世界。

いずれ、このような題名の小説なり映画なりが登場するのではないかと密かに思っている次第である。

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