備考
証明書:Stepan Soultanian
Jerome Thibouville Lamy(1833-c1905、ジェローム・チボヴィーユ・ラミー)
彼自身は製作者というよりは、楽器工場による大量生産を成功させた経営者の一人として有名です。ミルクールならびにパリで修行。ミルクールにあった様々な工場の経営権を取得し、1865年に会社を立ち上げました。
彼は機械を活用した大量生産を行いました。彼の機械製作の楽器は世界各地で評価され、事業は拡大を続けました。最盛期には3つの工場があり、Grenelle工場で金管楽器(1880年頃にCトランペット、1905年から4バルブのトランペットを発売)、La Couture工場で木管楽器(息子Martin Thibouvilleによって工場開設。後に父親が工場を経営。クラリネットとオーボエ製造で有名)、ミルクール工場で弦楽器(同地で1890年に職業学校を開校)をそれぞれ大量生産していました。その製品のグレードや品質は各種あり、非常に優れたものもあります。また、工場で働いた職人の中には、独立してハンドメイドの楽器製作者として有名になった人物が少なくありません。
しかし、世界恐慌から第二次世界大戦前後の混乱、大量生産楽器での競争力低下などから事業は衰退へ向かいました。金管楽器工場は1961年に閉鎖され、他工場も1968年までに閉鎖。現在、J.T.Lamy(J.T.L)はロンドン(1880年に支店として開設)を拠点に、楽器ケースやアクセサリー等を販売しています。